大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和41年(行コ)97号 判決 1968年6月28日

控訴人

東成税務署長

横川喜吉

みぎ指定代理人検事

川井重男

ほか三名

被控訴人

大阪銘板株式会社

みぎ代理人

西村浩

藤沢正弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所は、以下に訂正補充するほかは、原判決の理由と同一の理由によつて、被控訴会社の本件請求中、原判決が認容した範囲で正当として認容するから、以下の説示と牴触する部分をのぞき、その余の理由を全部、ここに引用する。

(一)  控訴人は、当審で新な主張として、旧規則の「第一節の二役員の報酬、賞与及び退職給与金」中の旧規則一〇条の三第六項四号の規定は、旧法九条八項(昭和三四年法律第一九六号による改正前は七項であつた以下同じ)の委任に基づく命令でなく、同条一項の解釈規定であると主張している。

憲法七三条六号、内閣法一一条によると、政令は法律の委任に基づかないでは、国民の権利義務に関する規定を設けることができないが、みぎ旧規則第一節の二したがつて規則一〇条の三第六項四号の規定は、国民の権利義務に多大の影響を及ぼすものであることはこの規定の趣旨から明白であるし、旧法九条一項にはその解釈規定を設けることを命令に委任するとの文言はない。したがつて、控訴人の主張は到底採用できない。

当裁判所は、みぎ旧規則第一節の二の各規定は、旧法九条八項の委任に基づくと解する。

(二)  旧法九条八項は、「前六(改正前五)項(九条二項ないし七(改正前六)項及び九条の二ないし九に規定するものの外、第一項の所得の計算に関し必要な事項は命令でこれを定める。」と規定しているので、益金損金への算入、不算入についてまで、命令で、みぎに列挙された諸条項と同様の定めができるように見える。

しかし、租税法律主義の原則から、法律が命令に委任する場合には、法律自体から委任の目的、内容、程度などが明らかにされていることが必要であり、損金益金への算入不算入といつた課税要件について、法律で概括的、白地的に命令に委任することは許されないと解するのが相当である。

したがつて、みぎ九条八項により、命令で、法律と同様な前記課税要件を広範囲にわたつて規定することまでも委任したものではないし、まして、命令で、本来損金の性質を有し、これまで損金として取り扱われることに理論上も実務上もなんら怪しまれることがなかつたものを、益金とするようなことは到底できないことは当然である。

(三)  使用人役員(社長、副社長、代表取締役、常務取締役、専務取締役、清算人、業務執行社員、監査役、監事以外のいわゆる平取締役であつて一般従業員と同様使用人としての職務を有する者)に支給される賞与のうち、使用人としての職務の対価として支給される分は、損金の性質を有し、従来から理論上も実務上も損金として経理すべきものとされ、同族会社においても同断であつたこと、同族会社については、別に旧法三一条の三に同族否認の規定があり、抽象的一般的でなく、具体的個別的に同族会社であるために起り勝ちな不当な行為計算が否認されたこと、以上のことは、当裁判所に顕着な事実である(法人の役員であつて、別に使用人として職務を兼務するものに対して支給した賞与であつて役員賞与と使用人賞与とを明瞭に区分したものは、使用人賞与中、その金額が妥当であると認められる部分に限り損金に算入する(基本通達二六三)。法人が使用人職務を兼務している役員に対する賞与を全額損金に算入している場合においては、当該役員とほぼ同資格にあると認められる他の役員の賞与と当該役員とほぼ同地位にあると認められる他の使用人の賞与の両者から適宜勘案し、使用人賞与として適当と認められる金額についてはこれを認めるものとする(昭和二六年五月二八日回答)。神戸地判昭和三一年七月一三日、熊本地判昭和三三年六月一九日、福岡地判昭和三四年一一月二七日など参照)。

ところが、昭和三四年になつて旧規則を制定施行したが、この規則一〇条の三第六項四号は、同族会社役員のうち、同族判定の基礎となる株主、社員若しくは同族関係者(以下同族関係者という)を使用人役員から除外したので、旧規則一〇条の四の規定とあいまつて、これらの者に対する賞与のうち、これまで使用人役員に認められ、旧規則一〇条の四但書によつても認められている使用人としての職務の対価の性質のある部分に該当するものまで、一率に損金性を否定するように条文の文言上受けとられた。

なるほど、同族会社では、控訴人が当審で主張するように、多くの経理上の不正が行なわれることは顕著な事実であるが、そうだからといつて、同族会社は、すべて資本と経理とが分離されず、過半数の株式を保有する少数の大株主によつて会社は支配されその影響力は絶大であると断云するのは正しくない。同族関係者のすべてが、同族会社の事業を主宰しているグループの一員として会社支配に大きな影響力があるわけではなく、却つて、同族会社では、いわゆるワンマンが会社を支配し、同族関係者はむしろその頤使のもと、唯唯諾諾として使用人としての地位に甘んじている場合の極めて多いことにも留意されるべきである。

このような同族関係者が真実使用人として職務に従事し、その対価として得られる賞与については、損金に算入されるのが、事柄の性質上当然といわなければならない。

このような性質において損金であるものを、法律の明確な委任のない命令で益金とすることができないことも前述したとおりであるから、同族関係者の賞与に対し、旧規則一〇条の三第六項四号、一〇条の四本文を形式的に一率に適用してこれを損金としないで、一〇条の四本文の役員賞与中には、その性質において損金性を有する賞与は含まないと解するのが相当である。このことは、命令では確認的な規定を設けることはできても創設的な規定は設けられないことと合致し、また旧規則一〇条の三第六項四号をすべて租税法律主義に反し無効であるとする解釈態度を止揚できる点で妥当な解釈といえる。

この解釈をとると、旧規則一〇条の四但書の適用を受ける使用人役員と、旧規則一〇条の三第六項四号所定の者との間に差異がないことになり明文に反するとの疑念を生ずるが、前者は、旧規則一〇条の四但書を正面から適用されるのに対し、後者は、みぎ但書の適用を受けないからといつて、直ちに旧規則一〇条の四本文の適用を全面的に受けるのではなく、その適用があるかどうかはもつぱら、みぎ本文にいうところの損金の性質がない役員賞与に該当するかどうかによつて決められ、みぎ四号に所定の者のうち、経営者の立場になく、使用人の立場でその職務に従事する者の使用人賞与は、損金とされるわけで、これは、旧規則一〇条の四本文がこのような賞与に適用されず、損金経理を、みぎ本文で否認できないことから反射的にそうなるのである。

(四)  この視点に立つて本件を観る。

(1)  本件が問題になつている各事業年度(山口栄については第一事業年度)において、山口光ら四名が平取締役であるかたわら、山口栄は被控訴会社の本社倉庫係長、山口光は本社工場長、伊藤金一郎は被控訴会社稲田工場長、上田一郎は同工場倉庫係長としての職制上の使用人の地位をも兼ねていたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>前記の者は、それぞれ次のような職務内容で、休日を除き工場に常時出勤したうえ使用人としての職務に従事したもので、出社退社時刻も備付のタイムレコーダーによつて記録し、勤務条件ないし状況は他の同等の地位職種にある役員を兼ねない一般の使用人と異なるところのなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

人名

職務内容

勤務時間

山口栄

倉庫管理、資材製品の搬出入の管理、同記帳

午前八時から午後八時まで

伊藤金一郎

昭和三三年八月から昭和三五年二月まで技術部長、

同年三月から稲田工場長、作業計画立案監督、技術指導

午前八時から午後五時まで

上田一郎

昭和三三年八月から昭和三六年七月まで機械主任として

工員の技術指導監督、昭和三六年八月から稲田工場倉庫

係長として倉庫管理、資材製品の搬出入の管理、同記帳

午前八時から午後八時まで

山口光

工場管理、作業計画立案監督、技術指導

午前八時から午後五時まで

そうすると、山口光ら四名は、各事業年度において、被控訴会社の平取締役ではあるが、役員としての業務執行権限はなく、代表取締役の事業執行の補助者すなわち他の業務執行担当役員の指揮監督の下に、職制上使用人としての地位を有し、そのうえ常時使用人としての職務に従事していたものというべきであつて、これを会社経営者と同視することはできない。

(2)  <証拠略>山口光ら四名は、いずれも各事業年度に役員賞与のほかに、使用人賞与を受けたが、その支給期日は、一般使用人と同様、毎年七、一二月であり、その賞与額も一般使用人の賞与支給率に準じた額で、特に役員であることを理由に、他の従業員の二倍以上の支給率によつたものではなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(3)  そうすると、山口光ら四名に支給された賞与は、少なくとてもその半額は損金と認めるべきである。そのわけは、わが国の使用人賞与の実態は、使用人に対し、その職務の対価として月月与えられる給料(賃金)を低額におさえておく一方、その不足分の補充として年二回に賞与という名目で与えられるものが多く、これは、実質上給料(賃金)の一部の一括後払いの性質をもつものであるから、課税回避のためことさらこれを多額に計上するなど特段の事情がない限り、給料(賃金)と同様、会社の事業活動上の必要経費として損金算入を認めるべきであるからである。そうして、本件では、そのような特段の事情を認めることのできる証拠はない。

二以上の説示によると、本件で問題になつているいわゆる使用人役員賞与中、少なくてもその半額は旧規則一〇条の四本文の賞与に該当しないから、これを損金経理したことをみぎ本文によつて否認することはできない筋合である。したがつて、控訴人が、この部分を益金として本件課税処分をしたことは違法であり、これを取り消した原判決は、結論において相当であつて、本件控訴は失当として棄却を免れない。

そこで、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例